カルカモ親子の鴨川へのお引越し 2020

令和2年5月19日

京都の地下鉄三条京阪駅~東山駅付近の左京区住宅街に「要法寺」というお寺があります。普段の移動は車か自転車ですが、昨日の朝は「たまには自宅から直接法務局へ歩いて行こう」と思い、その要法寺付近の道(仁王門通り)をあるいていると、2台のパトカーが止まって、ちょっとした交通整備が行われていました。その先には人が10人ほど集まっており「何か事件でもあったのかな。コロナ騒動の最中、ついにこんな住宅街にまで事件が…。本当に暗いニュースばかりで嫌だなぁ」と思いながらさっさと通り過ぎようとしたところ、すぐにこの人だかりの原因がわかりました。

どうやら今日はカルガモ親子のお引越しの日だったようです!

ニュースで見たことはありますが、それがまさか今日このエリアの出来事だったことは知りませんでした。

どうやら、 要法寺の中には池がありまして、この池に毎年カモの夫婦がやってきて、卵を産み、ヒナを育てているのだそうです。 そして成長したヒナたちは、母ガモに連れられて、毎年この時期に育った池から鴨川へと歩いて移動し、それが毎年ニュースになっているのだそうです。

お引越しルートは上記のような感じです。距離にして約600mです。


京都新聞の発表によれば、午前8時15分に親子で要法寺の池を出発したが、2羽の親ガモはなぜか途中で池に引き返して「ステイホーム」したそうで、移動したのは子ガモだけだそうです。 なので正しくは


「子ガモだけ鴨川へお引越し 2020」


親ガモは律儀に自宅でステイホーム。 よって移動は子ガモだけなので、歩くといっても餌につられて本当にちょっとずつ歩くといったような感じで(時速0.4キロ)、いわゆる「よちよち歩き」です。全然進みません。

私は一度離れて、本来の目的である法務局に寄り、その帰りに通りかかりましたが、全然進んでいませんでした。しかも休憩タイムだったようで川端二条付近で完全に休んでいました。

川端通りには既にパトカーが数台とまっていました。警察官が車を止めて交通整備に当たり、信号を操作し、何としてでも子カモの横断を助ける風景に大変ほっこりしました。

京都新聞では早速ニュース(動画)になっていました。鴨川まで無事にたどり着いたようです。めでたしめでたし。

2020年5月20日 | カテゴリー : 京都観光 | 投稿者 : admin

金閣寺って何ですか?って突然聞かれた場合に備えて

令和2年5月2日
今日も自宅にいます。GW中ですが、どこにも行かずにステイホームを真面目に実行中です。

ニュースを見ていると、緊急事態宣言が出てるにも関わらず、鴨川や琵琶湖に集う方が多いようです。

しかし、私は今日も頑張って自宅待機しています。正直、暇です。
ネットフリックスやAmazonプライム、筋トレ、読書、などで時間を潰しています。
そこで、自粛期間が明けた後のことを考えました。規制が解除され、再び京都が観光客で溢れたとき、突然外国人らしき方に上記のタイトルのような質問をされた場合、すんなり答えられるだろうか・・・。ということで私はこのゴールデンウイーク期間中、そのリストを作成することにしました(場所はすぐ説明できるんですけどね・・・)。すぐに覚えられるよう、どれも50字前後にまとめました。


金閣寺とは?
・ 正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)。
・ 元々は西園寺が建っていたが、鎌倉幕府衰退により管理者がいなくなり、足利義満が所有権取得し、金閣寺を建設
・ 1950年にお坊さんの放火で一度全焼するも再建

銀閣寺とは?
・ 正式名称は慈照寺(じしょうじ)。
・ 足利義満が建てた金閣寺を真似て、足利義政が建設。
・ 足利義政死亡後に銀閣寺完成(金閣寺の100年後)

京都御所とは?
・ 室町時代から明治時代になるまでの天皇の住居
・ 明治天皇が現在の皇居に移る。
・ 京都御所を取り囲むのは京都御苑

二条城とは?
・ 江戸幕府の始まりと終わりの場所
・ 初代将軍徳川家康が宿泊所として建てた

清水寺とは?
・ 寺の大部分は坂上田村麻呂が作った。
・ 9回もの焼失を繰り返した後、徳永家光により再建

北野天満宮とは?
・菅原道真の御霊を鎮めるために建てられた神社
・菅原道真が幼少から勤勉だった→「学問の神様」として信仰の対象に。

西本願寺とは?
・ 浄土真宗「本願寺派」の本山。元々は親鸞聖人のお墓であった場所が発展的に大寺院となったもの。建立は西本願寺が先
・ 本願寺派のお経を唱える時の「南無阿弥陀仏」は「なあみだぶつ」と発音。
・ 本願寺派のお焼香の本数は1本。回数は1回。

東本願寺とは?
・ 浄土真宗「大谷派」の本山。浄土真宗の派内の対立を利用して、徳川家康が西本願寺とは別の場所に東本願寺を建立し、本願寺の影響力の分断を図った。
・ 大谷派のお経を唱える時の「南無阿弥陀仏」は「なあみだぶつ」と発音。
・ 大谷派のお焼香の本数は1本。回数は2回。

三十三間堂とは?
・ 平清盛が建てた日本一長い歴史的木像建造物
・ 千手観音がある本堂の柱間(はしらま)が33あることことから、「三十三間堂」と呼ばれている。正しくは蓮華王院(れんげおういん)という。


上賀茂神社とは?
・ 正式名は賀茂別雷神社( かもわけいかづちじんじゃ)
・ 祭神は賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ) 。雷を分ける力を持った自然神
・上賀茂神社と下鴨神社、昔は一つの「賀茂社」 。 上賀茂神社を「上社」、下鴨神社を「下社」と呼んでいた。 どちらも賀茂一族の氏神を祀ってる。

下鴨神社とは?
・ 正式名は 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
・ 祭神は玉依媛命(たまよりひめのみこと、賀茂別雷神の母)と賀茂建角身命(かもたてつぬみのみこと、賀茂別雷神の祖父)
・ 葵祭では、装束や牛舎の行列が、京都御所を出発し下鴨神社を経て上賀茂神社までを歩く。


八坂神社とは?
・ インドの疫病の神様を祀るために作られた。
・ もともと祇園社という名前。
・ 祇園=インドの地名 。祇園精舎=インドの寺院のこと。 この祇園精舎に「鐘」が登場したのは最近だそう。

平安神宮とは?
・  創建されたのは明治28年(1895年)。
・ 大鳥居ができたのは昭和4年。 意外と新しい。
・  日本の首都が東京に移り、京都が廃れた→ このままでは京都がダメになるので京都復興の象徴として建設された。

南禅寺とは?
・ 日本最初の勅願禅寺( 天皇・上皇の発願によって創建された寺 ) 。 日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。

大覚寺とは?
・ 真言宗大覚寺派の大本山
・ 足利尊氏が持明院統の光厳天皇を即位させる(北朝)。これに反発した大覚寺統の後醍醐天皇が自分が正統な皇位継承者だと宣言する(南朝)。 この南北朝分裂の歴史舞台となった寺院が大覚寺。

大徳寺とは?
・ 応仁の乱で荒廃→一休さん(千利休、一休宗純)により復活
・ 紫式部の源氏物語の作中に、大徳寺の前身となる雲林院が出てきたことなどから、貴族ロマンあふれる風光明媚なイメージが定着。






今日はこれぐらいにします。幼稚な内容ですみません。


天気もいいし道も空いてるのでふらっと出かけたくなりますが、今日も我慢して家で待機。英会話の先生に勧められたスペインドラマ(ペーパーハウス)を観たり、 youtube(幻ラジオ)を聴いたりして、コロナが収まるのをじっと耐えています。 外出は我慢しています!

富士山に登ってきました

一度は富士山に登りたいと思っていたので、先日登ってきました。

令和元年8月25日朝、京都駅八条口出発のバスツアーに参加しました(ツアー

名:関西朝発富士登山 人気の富士吉田口から登るフリー登山2日間)。下記の通りなかなかのハードスケジュールです。

【シャトルバス】京都駅八条口出発 9:00 == 富士山五合目・吉田口到着 16:00 == 登山開始 17:00 == 八合目の山小屋到着 1:30 == 山小屋で2時間ほど仮眠(男女混合相部屋) == 再登山開始 03:30 == 富士山頂到着 5:00 == ご来光・休憩 7:00 == 急いで下山(休憩なし)== 富士山五合目・吉田口到着 9:00 == バス出発 

結果としては、なんとか山頂まで登れました。富士吉田ルートは初心者コースという触れ込みでしたが、空気も薄く何度も休憩しました。かなりキツかったです。事故にも遭遇し何度もやめかけました。京都の愛宕山とは比較にならないハードさでした。

このツアーに参加するまで私は知らなかったのですが、富士山って一年中登ることができるわけではないんですね。
一般の方が登山可能な季節・時期・ルートはあらかじめ厳格に決められています。

登山可能な時期は、だいたい山梨県側は7月1日〜9月10日、静岡県側は7月10日〜9月10日のようです(2019年現在)。

富士山の標高は3,776mあり、夏でも山頂の気温は約5℃と真冬並みの寒さになります。
(100m標高が高くなると、気温は0.6℃下がるためです)

このような気象条件のため、富士山に登れる時期は夏の7月上旬〜9月上旬に限定されていると言うわけです。 案の定、当日はものすごく寒かったです。

まさに崖でした。想像していた富士登山と全然違いました。
これでも登りやすいルートのようです。

大変しんどかったですが、いい思い出になりました。

※注意※ 山梨県は令和2年5月15日、富士山登山者の約6割が利用する登山道「吉田ルート」を、本来の山開きである令和2年7月1日から冬季閉鎖前の令和2年9月10日まで通行止めにすると発表しました。ご注意ください。

2019年9月1日 | カテゴリー : 旅行 | 投稿者 : admin

今年の初パンダ

今日も寒い日でしたが、 あらかじめネットで手配していたアドベンチャーワールドの入場券の有効期限が今月末までということもあり、疲れた体にムチを打って車を運転して3時間、またまたパンダに会いに行ってきました。  今年の初パンダです。

メインは昨年8月14日に生まれた赤ちゃんパンダ・彩浜(さいひん)です。彩浜という名前は先日公募で決まりました。名前にはある程度の傾向があり、私は名付け親になるため、めちゃくちゃ勉強したものの今回も残念ながら名付け親にはなれませんでした。しかし、私が応募した名前はあと一歩(全体2位)までこぎつけたので、次こそは的中させたいです。

当日は日曜日ということもあり、予想通り赤ちゃんパンダがいるリーディングセンターの前は、長蛇の列でしたが、開演前である朝9時から並んだおかげで5分待ちぐらいで見ることができました。 まずはお母さんパンダの良浜(らうひん)と赤ちゃんパンダの彩浜(さいひん)のツーショットをひたすら鑑賞しました。相変わらずモフモフしてます(もちろん触ることはできませんでしたが)。

良浜(らうひん)と彩浜(さいひん)
彩浜(さいひん)

スマホ、ビデオカメラ、デジカメといった我が家にあるデジタルカメラを全て持ち込んでの撮影タイムです。ちゃんとカメラ目線してくれました。期待どおり動き回ってはコケてくれます。味もわらない時期なのに良浜のまねをして笹を食べる姿がかわいい。とにかくサービス満点の赤ちゃんパンダです。

午前11時になり、電車組が到着したこともあって、屋内の彩浜コーナーがかなり混雑してきたので、次は屋外(パンダラブコーナー)へ移動します。早速現れたのは結浜(ゆいひん)。去年きたときは母離れしたばかりの時期で、寂しそうでしたが今は堂々としてました。

結浜

アドベンチャーワールドのエースパンダとしての自覚でしょうか。結浜もどっしりしてきました。彩浜もあと2年でこうなります。

次は双子の桜浜(おうひん)・桃浜(とうひん)。相変わらず動きがシンクロしてて見てて楽しいです。いつかは中国へ帰還することになるのかな…。

そして最後はお父さんパンダの永明(えいめい)に会いました。永明は高齢パンダということもあり、見た目はオヤジで華やかさこそないものの、白浜パンダファミリーを一から築いた男ということもあり、風格が漂います(パンダとしての格が違います)。正直、永明の男としての能力がうらやましいです。

永明

パンダの寿命は約20年と言われる中、飼育下で自然交配し、繁殖した世界最高齢のジャイアントパンダである永明は既に26歳。人間に換算すると約80歳。にもかかわらず世界トップクラスの繁殖能力を持っていることで有名です。

最後は永明を目に焼き付けてアドベンチャーワールドを後にしました。

2019年1月30日 | カテゴリー : パンダ | 投稿者 : admin

TAG文具まつりへ行ってきました

TAG文具まつりとは、京都の文房具屋さんとして有名な株式会社タケダ事務機(TAG)さんが主催されている文具展示即売会(京都最大級)です。新製品や話題の文具が一堂に会し、しかも定価より安く購入できお得ということなので、先日行ってきました。場所は平安神宮そばのみやこめっせです。

いつも文房具はアスクルで買うので、文具メーカーの方から直接しかも対面で商品を紹介していただくことはなかなかないことで、とても新鮮でした。普段はたまたま手に取ったものや手にいれやすいものを適当に買ってしまうので、本当に必要かどうか、欲しいものかどうか真剣に選びました。

 

こちらは女子文具コーナーの様子です。

おしゃれで可愛い魅力的な文具や限定の文具がこれでもかって並べられていました。文具“女子”コーナーという名前ではありますが、もちろん男子も近寄ってOKでした。

会場の抽選会で主催の文具店の割引チケットを貰ったのでまた実店舗にもお邪魔してみたいと思います。

四条地下道タイムトンネル

四条通の地下道を歩いていると「みんなの写真展~四条地下道タイムトンネル~」と書かれた看板がありました。どうやら明治維新から150年を記念した写真展のようです。

明治維新の京都は人口が以前の2/3に減少し、都市衰退の危機に陥りました。しかし京都市民は100年後、200年後の未来を見据えていたそうです。その市民ぐるみで取り組んだ復興のキセキを写真とともに紹介されていました。

上記の年表によれば

日本初の博覧会が西本願寺で開催されたのが明治4年。

第1回都をどりが開催されたのが明治5年。

西南戦争が明治10年。

日本初の公立絵画学校(京都市立芸大)ができたのが明治13年

日本初の工業高校(現京都工学院、昔の伏見工業)ができたのが明治19年。

大日本帝国憲法が発布されたのが明治22年

琵琶湖疎水の完成が明治23年。全てが日本人の手による最初の大土木工事だそうです。

日清戦争が明治27年。

平安神宮が創建されたのが明治28年。平安時代ではありません。意外と最近です。

路面電車の開業も同じく明治28年

京都市役所が開庁したのが明治31年

京都市動物園ができたのが明治36年。国内二番目の動物園だそうです。

日露戦争が明治37年。

二条駅ができたのも明治37年。

七条大橋の着工が明治44年。今となってはあって当たり前の風景ですが、それまでは七条大橋がなかったんですね。

これは明治時代の四条大橋です。何もありません。祇園の入り口にはとても見えません。

昭和10年(1935年)ごろの四条大橋です。南座が見えます。京阪電車の四条駅も見えます。今も川端通を走る京阪電車ですが、昔は地上を走っていたんですね。今は七条~出町柳までは全て地下ですけど。京阪電車だけでなく四条大橋には市電が走っています。今となっては不思議な風景です。

さてこの建物はなんでしょうか?昔の二条駅かなって思いましたが、これが昔の京都駅のようです。明治30年(1897年)ごろの写真です。市バスではなく路面電車全盛の時代です。現在より少し北側にあり、「七条ステンショ」と親しまれた初代駅舎です。

京都駅が開業したのは、今から約140年前のこと。明治10年2月5日に、神戸から大阪を経て、京都への鉄道駅として誕生。場所は、現在の京都駅から北へ約140mのところにあり、開業日には、明治天皇が行幸されました。盛大な開業式が行われる中、田んぼや畑の中に“レンガ造りのハイカラな駅舎”という風景が、当時の京都人の驚きと興味を誘ったといいます。その後、利用者が増えた京都駅は、大正3年8月15日に2代目の木造駅舎が誕生。この時から駅前広場ができ、南北128m東西522mもの敷地に、ひょうたん池や噴水のある庭園も完成。ルネサンス風の駅舎とともに、大都市の玄関口らしい姿になりました。

昭和51年には京都駅はこうなりました。鉄筋コンクリート造りの近代的な3代目駅舎です。総工費4億240万円で、2代目駅舎より7倍も大きく、初代から比べると12倍もの大駅舎です。私には何となく記憶があります。この時代には既に新快速が走っていたようで京都~大阪を29分、京都~三ノ宮を54分で走っていたそうです。早いですね。東京オリンピックが開催された昭和39年には、東京-新大阪間の新幹線が開通し、京都駅の八条口も誕生しました。

そして、昭和50年代の中頃から駅舎の建て替えを望む声があがっていたことをきっかけに、全部ぶっこわされ、平成9年に現在の4代目駅舎が誕生しました。

さて次は祇園です。

祇園石段下と書かれています。私は知りませんでしたが、四条通と東大路の交差点のことを、「祇園石段下」と言っているようです。奥に見える建物が八坂神社ですね。大正時代の写真のようです。

これは昭和中期の祇園祭の様子です。長刀鉾が見えます。

三菱銀行、富士銀行といった懐かしい看板が見えます。活気ある風景ですね。

ちなみに今も昔も閑散としてる四条通の地下道ですが、この通りを何とかにぎやかにするための店舗設置案がまたしても見送りになったようです。新聞には「通行の妨げになるため断念」と書いてありましたが、私はそれにより影響が出るどこかの団体が猛反対したのだと思っています。

今年も祇園祭がはじまりました

京都の祇園祭は、毎年7月1日から31日まで一ヶ月間もの長期間、開催される夏祭りです。
しかし祇園祭の開催期間中ずっと露店が出ているわけではありません。

祇園祭で町に露店が並ぶ日は、限定されています。

前祭と呼ばれているうちの、以下の二日間のみです。

14日(宵々々山)・7月15日(宵々山)・7月16日(宵山)

この3日間は先祭りと呼ばれ、たくさんの露店が並びます。しかも15日(宵々山)と16日(宵山)については、四条烏丸から河原町まで歩行者天国となります。

お店によっては21・22・23日の後祭りにも屋台を出すお店もあります。

もちろん、八坂神社や円山公園には露店がほぼ毎日出ています。

 

昨年までは毎年参加していましたが、今年は「さぁ祇園祭!」って感じにはなりません。

このたび西日本を中心に降り続いた大雨により、

亡くなられた方々にご冥福をお祈り申し上げますとともに、

被害に遭われた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

今なお避難されている皆様、復旧作業に従事されている皆様のご安全を心よりお祈り申し上げます。

 

 

2018年7月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

パンダ塾

パンダ=上野動物園ではありません!日本のパンダといえば、まずは和歌山です!アドベンチャーワールドのパンダ繁殖&飼育は世界一です(中国を除く)。

それはさておき、「パンダ塾」とは、和歌山のアドベンチャーワールドで別途申し込みが必要なツアーのことです。

先日、アドベンチャーワールドへパンダ鑑賞へ行き、正式にパンダ塾生となってきました。

今のアドベンチャーワールドは、中国のパンダ研究施設の日本支部としての役割も果たしています。これまで15頭ものパンダの繁殖に成功。これは中国を除いては、世界一の頭数です。

園内では、親パンダや双子パンダ、赤ちゃんパンダ(といっても1歳なので赤ちゃんとは言えませんが。)など、多くのパンダを間近で見ることができます。

パンダ鑑賞のイメージといえば、行列や待ち時間が長く、やっと見れたとしてもすぐに後ろの人と交代…と思われる方も多いと思います。

おそらくそのイメージはマスコミでよくニュースになっている上野動物園での鑑賞スタイルのイメージです。

上野動物園は都心にあり、JR上野駅からも近いため大変アクセスが良く、都立の施設のため料金が安く、週末はお客さんが殺到しやすいので、どうしても人数や時間の制限がありがちです。

しかしアドベンチャーワールドはアクセスは良くない上(京都方面からは車で約4時間)、東京に比べて和歌山はマイナー的な存在なので、並ぶことなくパンダが鑑賞できます。しかも何頭もいますので、あちこちで見れます。

せっかく和歌山まで来たのに鑑賞だけだと物足りないと思い、パンダ塾に事前に申し込んだ上で、みっちりと学んできました。

パンダ塾の正式名称は「もっと知りたい!パンダ塾」です。ここではジャイアントパンダの魅力をたっぷり学べます。限定20名の有料の塾です。事前申し込み制ですが当日受付も枠があれば可能です。

講師は現役のパンダスタッフの方々。パンダの1日の様子や体の秘密についてはもちろん、毎日パンダのお世話をしているスタッフだからこそ知っているパンダのマル秘情報を聞くことができます。まだまだパンダは謎の多い生き物といいます。一般の人は入ることのできない部屋(バックヤード)を見せていただけました。今回はパンダのウンチも見せてもらいました。原則非公開のウンチ…ではなく原則非公開の塾ですので、公開できる情報はこれぐらいです。

塾の後は思う存分パンダ鑑賞です。

現在、アドベンチャーワールドでは5頭ものジャイアントパンダが暮らしています。

お父さんの「永明」えいひん

お母さんの「良浜」らうひん

双子の「桜浜」・「桃浜」おうひん・とうひん ↑ ↓

二人はすべり台などの遊具で遊んだり、いっしょにお昼寝したりといつも仲良しですが、注目してほしいのは食事シーン。

性格がちがうとはいえ、やっぱり双子。写真のように、いつの間にか同じポーズで笹を食べている姿はたまりません。さすが双子です。

時には正反対の動きもしますが、いつも二人一緒で楽しそうです。

それに比べて、今一番寂しい時期を迎えているのが末っ子の「結浜」ゆいひん ↓

結浜はまだ1歳です。しかしパンダは1歳で母親から離れなければなりません。母親の次の小作りに影響するからだそうです。

独り立ち直後の結浜は遊び相手がいなくて少し寂しそうでした。

ガラス越に見える双子の桜浜・桃浜のはしゃぎっぷりと比べると余計に寂しそうにみえます。

パンダは群れを作らず単独で生活する動物で、野生下でも1~2歳で母親のもとを離れると言われています。

結浜は9月18日に1歳の誕生日を迎え、永久歯が生えて徐々に竹を食べることができるようになってきたため、親離れの時期を迎えてしまい、10月10日に独り立ちたばかりです。がんばれ。

悩んだ結果、我が事務所に新しい事務員を招き入れました。書類逆に読んでますけど。

2017年11月2日 | カテゴリー : パンダ | 投稿者 : admin

はじめての伊吹山登山

 

昨日初めて夜間登山を体験してきました。

山は滋賀県の米原市にある伊吹山です。京都市内から近い大文字山、愛宕山、比叡山へは年に数回登りに行っていますが、京都府以外は久々です。

前に勤務していた桑室司法書士事務所の所長が登山好きで、「伊吹山」というフレーズはしょっちゅう聞いました。毎回「ふらっと行って、ふらっと登って、ふらっと帰ってきた」的な言い方をされていたので、私は勝手に「あんな軽い感じで言うぐらいなのだから、きっと気軽に登れる山なんだろうな」と解釈し、滋賀県建築士会の若手有志による「伊吹山の山頂でご来光を見る」企画に応募し、昨日「ふらっと」行ってきました。

 

結果的には何とか、無事に頂上に到着することができましたが、雨は降るわ、霧で前が見えないわ、足場は悪いわで、二度と行きたくないと思うほどしんどかったです。

途中からずっと雨で、ドライブウェイのバスの利用を何度も考えましたが、なんとか自力で下山できました。とてもふらっと行って、ふらっと登って、ふらっと帰ってこれる山ではありません。下山後の姿は全身泥だらけで、これまでに味わったことがない壮絶な体験でした。途中ストックをお借りすることができ、本当に助けられました。

山頂は曇りでご来光は見れませんでした…(私はずっと寝てましたが)。

 

正直、あんなつらい登山は人生初めてです。

当分、登山はもういいかなって感じですが、今日は愛宕山の千日参りです…。

7/31夜から、8/1早朝に掛けて愛宕山を詣でると、千日のご利益があるというイベントのようなものです。

登山口から、山頂:愛宕神社までの道が、全てライトアップされていますので、ヘッドランプ・懐中電灯の明かりが一切なくても、この日だけはオールナイトで登れる特別な1日です。

愛宕神社千日詣り2017/7/31・8/1

参加するかどうか迷ってます。5年続けていますので、どうしようか本当に迷っています。

結局、登ってきました。二日連続の夜間登山はしんどかったです。

今回で5年連続の千日詣でとなりますので、ご利益も5,000日分を有り難く頂戴してまいりました。

この日は臨時バスが大量に出ていますが、最終24:00過ぎだということをすっかり忘れてしまい、家に帰宅できたのは深夜2時でした。

 

 

ドカ雪

京都駅から湖西線に50分間乗ると、京都とは全く違った風景になってしまっているようです。

電車が北へ駅を一つ通過するごとに積雪量が20㎝増えていくような感じです。

写真は北小松駅(大津市)です。

もはや、もとが道だったのか、駐車場だったのかすらわかりません。

道だと思ったら道路の溝かもしれません。どれが駅で、どれが線路なのか素人ではわかりません。

ニュースでは兵庫・島根・鳥取の映像がよく流れますが、滋賀県もドカ雪状態で非常に危険です。

雪かきをしないと家にも入れません。。。。みなさん雪かきとかしたことがないと言ってました。

引き続き急な積雪増加の恐れがあるため、くれぐれも交通障害や雪崩、落雪などにご注意ください。

2017年1月25日 | カテゴリー : 旅行 | 投稿者 : admin